2017/09/04[mon] update

カラーボトル 竹森 マサユキさん

バイトはお金をもらえる「学校」みたいなもの。
楽しそうだと思ったら、どんどんやってみるべき!

カラーボトル 竹森 マサユキさん
魂を揺さぶる熱いライブが持ち味の、仙台出身の3人組バンド「カラーボトル」。初のソロ活動もスタートさせたフロントマンの竹森マサユキさんが、アルバイト経験とともに音楽人生を語った。

拾ったギターから、バイト代で買ったギターへ!

「写真を撮るならギター持ちますか?何なら歌いますよ…♪」
竹森マサユキさんの力強い歌声が、札幌の空に舞い上がった。撮影中とは思えないほどリラックスして楽しそうに歌う姿からは、心の底から音楽を愛していることが伝わってくる。
そんな竹森さんがミュージシャンを目指そうと思ったのは中学2年生のころ。友人の家で「ウルフルズ」や「エレファントカシマシ」のCDを聴き、あこがれが一気に募ったという。とはいえ、具体的に行動に移すまでには至らず、いつかはステージに立ちたいという思いを抱えて高校に進んだ。
「確か高校2年生のころかな。ゴミ捨て場に壊れたアコギが捨ててあったのを見つけ、拾って帰ったんです。弦の張り方なんて分からなかったけれど、何とか自分で直してみました。で、通学路でいつも見かけるストリートミュージシャンに、教えてください!って“弟子入り”したんです。0円からの音楽人生のスタート(笑)」
竹森さんは“師匠”にギターのイロハを教わりながら、簡単なコードでオリジナル曲の制作にチャレンジ。時を同じくして、部活や路上ライブの合間を縫って、夏休みだけ短期のバイトを始めた。
「今は閉園しちゃったんですが、宮城県内の遊園地で働きました。流れるプールのスライダーを押し出したり、観覧車にお客さんを案内したり、楽しみながらバイトが出来たと思います。初めて手にした給料は、やっぱりギターに使いました。それまでは拾ってきたアコギだったので(笑)」
高校生にとって数万円の給料は大金。竹森さんいわく「お金持ち気分」で友人とご飯を食べに行ったり、当時付き合っていた彼女とケータイで長電話しているうちにいつの間にか消えてしまったと苦笑いする。

ヘルメットを被れば、斬新な髪型でもOK!?

高校卒業後、竹森さんは一度就職し、福島県で保線の仕事に携わった。線路脇を歩いてボルトのゆがみをチェックしたり、工事に立ち会って資材を発注したり、鉄道の安全な走行を守っていたそうだ。当時は終業後には路上ライブに繰り出し、休みは地元の仙台に帰って歌うハードな日々だった。
「どうしてもプロになりたくて、食らいつくような気持ちでした。リハーサルなしでも歌いましたし、時にはスーツ姿でライブハウスに着いてネクタイを緩めたらすぐ出番なんてことも。でも、仕事と音楽の掛け持ちは難しく、一年半ほどが経ったころ、夢を追いかけることに決めました。親や上司にはスゴい勢いでとどまるよう説得されましたが…」
竹森さんは仙台にUターンすると路上ライブに打ち込み、そこで出会ったメンバーと「カラーボトル」を結成。生計は郵便配達のバイトで賄っていたという。時給が高く社会保険も整っていたことに加え、ヘルメットを被って配達するため、髪型にさほどうるさくなかったのが都合が良かったと笑う。
「あのころは、とにかく目立たないとって焦っていて。今考えると何でそんな髪型にしたのか意味が分からないんだけど、右半分は長髪、左半分は坊主だったこともあります(笑)。その時ばかりは上司に怒られちゃいました」
竹森さんはインディーズでCDをリリースした2005年に郵便配達のバイトを辞めた。土日はライブやバンドの練習で休みを融通してもらうことが多くなり、仲間に申し訳なくなったのだと振り返る。

配達の合間に考えた曲が、メジャーデビューの決め手に!

郵便配達のバイト時代も、「歌詞が降りてきたらメモに書き留めていた」と竹森さん。接客よりも一人の時間が多い仕事なら音楽のことを少しでも考えられると、次も似たようなバイト先としてファミレスのデリバリースタッフを選んだ。
「バイトでは音楽のヒントももらえました。休憩室で年下の女の子が彼氏とケンカしたって思い悩んでいて、恋愛は若者にとってはこんなに大事なんだと気付かされたり(笑)。で、ポスティングや配達を頑張って早く終わらせた日は、仙台の夕日がキレイなスポットに寄り道して歌詞を書いてました。そこで出来たのが『グッバイ・ボーイ』。インディーズ時代の代表曲でもあり、僕らのメジャーデビューの決め手になった思い出深い作品です」
ファミレスでは食器洗浄機でなぜかタイヤを洗おうとして寸前のところで止められたり、配達用の容器の発注単位を間違ってバックヤードを埋めつくしてしまったり、お茶目な失敗エピソードも。けれど、愛される人柄のおかげだろうか、バイト仲間はバンドのフライヤーやポスターを配布してくれ、ライブも見に来るなど、音楽活動を応援してくれたと顔をほころばせた。
「2007年にメジャーデビューが決まってからも、バイト仲間とは絆でつながっています。岡山までインストアライブを見に来てくれた人もいるんですよ」
最後はアルキタ読者へのメッセージでインタビューを締めくくった。
「僕は音楽を優先出来るって視点からバイト先を選びましたが、それでも仕事は甘くないとか、失敗してもチャレンジすべきとか教わったことも多いんです。だから、バイトは勉強になってお金までもらえる“学校”と、とらえてみては? そうしたら楽しそうだし、やってみたいと思えるんじゃないかな」

★竹森マサユキさんの思い出バイト★

遊園地
高校の夏休みに経験した短期バイト。同年代の若い人もかなり働いていて、和気あいあいとした雰囲気でした。
郵便配達
バイト中に1万円札が落ちていたので交番に届けました。え?オチ?いやいや、そのままのエピソードです(笑)。
ファミレスのデリバリー
音楽に触れる時間を増やすために、シフトは生活費が賄えるくらいの最低限。あまりにお金がなくて枕を濡らした夜も…

<プロフィール>
カラーボトル

竹森マサユキ(Vo.)、渡辺アキラ(G.)、大川“Z”純司(Dr.)の3名からなるロックバンド。2004年、仙台にて結成。同年12月にバンドオーディション全国大会に北海道・東北代表として出場し、準グランプリを獲得。2007年6月に「彩色メモリー」でメジャーデビュー。2011年2月にリリースした「情熱のうた」はプロバスケットボールのbjリーグ復興支援ゲームのテーマソングに。竹森の絞り出すような歌声が、多くのロックファンの支持を受けている。
公式サイト

<インフォメーション>

●リリース情報
配信シングル「生活」
■AAAA-0001 250円(税込)

竹森マサユキのソロ初シングル。宮城県のピアノ、ドラム、ウッドベースのミュージシャンたちと宮城県のスタジオで収録した「オール宮城」にこだわった作品。一発録りならではの空気感も必聴。この11月にはアルバムもリリース予定。

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